午後9時30分。米国非農業部門雇用者数が発表される。
予想:22万人。結果:28万人(予想を大幅に上回る)。
「ドル高だ!」とロングエントリー。しかし相場はなぜか急落。10分後には-30pipsの損切りとなった──。
このパターンは「予想を大幅に上回る好数値でも相場が逆に動く」という、FXトレーダーを最も混乱させる現象の一つだ。
「セル・ザ・ファクト」の仕組み
金融市場には「バイ・ザ・ルーマー、セル・ザ・ファクト(噂で買って、事実で売る)」という格言がある。
これが起きる理由は、市場参加者の事前のポジション構築にある。
指標発表の数日〜数週間前から、機関投資家は「好数値になる」という予想の元にポジションを積み上げている。発表日までに「買い」が蓄積されているわけだ。
そして実際に好数値が発表された瞬間、「予想通りの結果→ここで利確」という大量の売りが出る。この「利確の売り」が相場を押し下げる。
ポイント: 指標発表後の動きは「数値の良し悪し」だけでなく、「発表前にどれだけのポジションが積み上がっていたか」に大きく依存する。
経済指標発表前後のよくある心理トラップ
トラップ1:「良い数値=上昇」という単純な思い込み
上述のセル・ザ・ファクト現象を知らないと、「予想を上回る好数値→ドル高」という単純な思い込みでエントリーしてしまう。
実際には:
- 予想通り or 予想を僅かに上回る → 「セル・ザ・ファクト」の可能性
- 予想を大幅に上回る(大サプライズ) → 素直にドル高になる可能性
- 予想を下回る → ドル安の可能性(ただしこれも複雑)
単純な「良いニュース=上昇」は機能しないことが多い。
トラップ2:発表直後のスパイクに飛び乗る
指標発表直後の最初の急激な動き(スパイク)は、非常に不安定だ。
流動性が一時的に低下し、スプレッドが異常に広がる場合もある。このスパイクに飛び乗ると、スリッページ(設定した価格と実際の約定価格のずれ)や、直後の全戻しで思わぬ損失を被ることがある。
トラップ3:「予想外の結果=大きく動く」という期待
発表前に「今回は大きく動く予感がする」と思ってポジションを張る。しかし実際には小幅な動きで終わり、スプレッドコストだけで損失になる。
経済指標の「サプライズ度」は事前に予測できない。期待値を過大にすることは危険だ。
経済指標発表への賢い対処法
対処法1:発表前後はノートレードを基本とする
最も安全な対処法は、重要経済指標(米雇用統計、FOMC、CPI等)の発表前30分〜後30分はノートレードにすることだ。
「大きく動くはず」「チャンスがある」という誘惑に打ち勝つ必要があるが、これがメンタルを守る最も確実な方法だ。
対処法2:発表後の落ち着きを確認してからエントリー
指標発表から10〜15分後、最初の混乱が落ち着き、方向性が定まってきたタイミングを見計らってエントリーする。
この方法では「最初の大きな動き」を取ることはできない。しかし方向性が定まった後のトレンドフォローエントリーは、発表直後のエントリーより遥かに安定している。
対処法3:ポジションを小さくする
どうしても発表前後にトレードしたい場合は、通常の30〜50%のポジションサイズにする。
不確実性が高いときにリスクを減らすことは、恐怖心からではなく合理的なリスク管理だ。
対処法4:既存ポジションの損切り・利確を事前に設定
発表前にポジションを持っている場合、必ず損切りと利確の注文を設定しておく。
発表後の急激な動きで「どうしよう」と判断に迷う前に、判断を完了させておくことが重要だ。
「不確実性の高い局面では参加しない」という選択肢
経済指標の発表前後は、プロのトレーダーでも「ノートレード」を選ぶことが多い。
なぜなら、その時間帯は「運の要素」が大きく、「スキルの要素」が小さいからだ。スキルが最も発揮できる局面でのみトレードし、運任せの局面は回避するという戦略は、長期的なパフォーマンスを安定させる。
「チャンスを逃したくない」という感情は理解できる。しかし全てのチャンスに参加しようとすることは、全ての罠にも引っかかることを意味する。
選択することの価値──それが、FXトレーダーのメンタル成熟の一つの指標だ。
